函館が育んだ凛とした意思

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陛下をお救いなさいまし

河井道とボナー・フェラーズ

岡本 嗣郎著

ホーム社/集英社

2002 .5


天皇の戦争責任。

戦後生まれの我々でも、生涯に何度かは必ず出くわす重い質問である。


主人公 河井道、敬虔なキリスト者でありながら、いやそうであったからこそ、敗戦後間もない時期にGHQの高級将校に向って、心底から「陛下をお救いなさいまし」といってのけることが出来たのではなかろうか。
その助言が実際にマッカーサーを動かし、連合国の最終的な「天皇無罪」の判断を導き出した背景・事情(決して小さくない)ひとつとなった、ということを筆者は残された記録、丹念な取材から明らかにしていく。
その手法はまるでミステリーの謎解きだ。
さらに、そうした河井道の思想形成にとって、北海道、函館での幼少期のキリスト教との出会い、そして札幌での米国人宣教師(スミス)そして新渡戸稲造との深い人間的なつながりが非常に大きかったと筆者は推測する。
そして総仕上げは明治31年からの米国留学。
戦前の「教育勅語」の影響を奇跡的に免れ、かつアメリカ人と対等に議論の出来る見識と英語力を身につけて帰国した河井道。
彼女が帰国後の生涯を捧げたのは当時まだ軽視されていた女子への高等教育の実践であった。
こんな凄い女性がいたということ自体に驚きを感ずるとともに、彼女の生涯を決定づけたいくつかの要因が今日では喪われつつあるのではないかと暗然とする。
90歳を超えようという当時の教え子たちがいまだに目に涙を浮かべながら熱く語る「河井道」の生涯の物語、特に臨終の場面はからだが震えるような感動を覚えた。
近頃珍しい、重量感のあるドキュメンタリー。







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