2010年7月アーカイブ

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黒船前夜

渡辺京二

洋泉社

2010.2

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(読了後の追記)

随分前に読了していたのだが記事のアップをし損なっていた。遅ればせながらの追記

函館の開港というと1854年のぺりー来航がすぐに想起される。実際に「最後に引き金を引いた」のがアメリカであったことはその通りだが、実はそれ以前から再三の接触がロシアとの間では続いていた。ゴロウニン事件、プチャーチン来函、露艦の対馬占領など多くの場面で、ロシアは当時の日本にとってもっとも手ごわい交渉相手であったし、交渉役として箱館奉行が再三登場もする。実際に最初の樺太の国境画定交渉に日本から派遣されたのは当時の箱館奉行小出秀実であり、彼は五稜郭に新築なった「箱館奉行所」の最初のトップでもあった。

本書では、実は高田屋嘉兵衛が活躍しことで有名なかのゴロウニン事件の解決に際して、日本側で交渉役となった荒井但馬守成章の格別な努力があったことが明らかにされている。実は当時の幕閣内部には、荒井を筆頭にロシアとの通商を認めるべしという意見がかなりあったということも。

歴史にIfは禁物だが、砲艦外交のぺりーに対して、プチャーチンなど、当時は(その後の歴史からは意外にも)融和的な姿勢で通商を求めてきたロシアとの間で先に「開国」がなされていたら、日本のその後の国際外交も、そして、当時ロシアが唯一の領事を置いた函館のその後の歴史も分違ったものになっていたかもしれない。

そういう歴史的イマジネーションを喚起する好著。 

函館物語

函館物語

価格:630円(税込、送料別)

辻仁成著の函館物語は、函館で青春時代を過ごした辻仁成が、函館に1週間旅行をし、旅行ガイドブックなどに書かれていない函館の違った顔を見つけようとするノンフィクションです。文章ともに80枚以上の写真がフルカラーで収録されています。

辻仁成が旅行をしたのは1996年6月。私が函館に来て3年目で、函館の魅力が判ってきたころに、この本に出会い、益々函館好きになっていきました。

それから14年の年月がたちました。久しぶりに頁をめくると、14年の間、ほとんど変わらずにある物も多くありますが、今は無くなってしまった懐かしい風景が写っていたりもします。函館物語の写真に写っている風景が今どうなっているのかを無性に調べたくなってきました。

以前なら、1週間かけて、辻仁成が歩いた道を追って、写真を撮らなければなりませんでしたが、現在は、ストリートビューで、居ながらにして風景を見ることが出来ます。そこで、掲載されている写真のストリートビューを集めてみました。

函館物語には、写真がどこで撮られたのかについては一切書かれていませんが、ジモピーの感でかなりの写真について場所が特定できました。

函館物語をお持ちの方は、是非、見比べながらお楽しみください。また、もし誤りや追加情報がありましたら、コメントに書いていただけるとうれしいです。




函館物語掲載写真のストリートビューなど

2010年7月25日版

ページタイトル説明確度[URL]
1消火栓青柳町方面 立待岬方向D
4函館山末広町23-9 ホテルニューハコダテ屋上函館山山頂方向(函館教会とカトリック教会が見えます)C[URL]
8大森浜宇賀浦町6-10 アモリーノ付近から立待岬方向(特徴的なマンションが映り込んでいます)A[URL]
12大森浜宇賀浦町15-6 福田海産付近?湯の川方面C[URL]
16巴座大森町17 巴座駐車場前交差点(今は駐車場になってしまいました)A[URL]
20ひし伊宝来町9 ひし伊前A[URL]
24阿佐利宝来町10-11 阿佐利本店前A[URL]
28朝市若松町11-13 朝市仲通函館山方面A[URL]
29笹流ダム赤川町313 笹流ダム付近B[URL]
32カリフォルニアベイビー末広町23-15 A[URL]
49穴間海岸付近 D
50ひし伊宝来町9 ひし伊A[URL]
52旧丸井さん末広町16-1 二十間坂電車通り交差点函館市地域交流まちづくりセンター方向(旧丸井さんは函館市地域交流まちづくりセンターとなっています。)A[URL]
53井上米穀店宝来町4-12 井上米穀店前交差点A[URL]
54函館山ロープウエイ N
54パーマ店 N
55廃墟末広町16-1 末広町1交差点南A[URL]
56犬と女の子 N
57山頂駅元町1-4 元町配水場函館山山頂方向(台風で杉の木がだいぶ倒れました)C[URL]
58茶夢若松町9-15 店内(旧店舗)A[URL]
60笹流ダム赤川町313 笹流ダム付近A[URL]
62カリフォルニアベイビー末広町23-15 A[URL]
64ヨットハーバー大町15 B[URL]
64相馬倉庫大町11 C[URL]
65落書き N
66旧尼崎製罐函館工場末広町22-9 (2001年に解体され、ウィニングホールに建て替えられた)A[URL]
66函館水上警察署大町13-1 (解体され2007年に函館市臨海研究所に建て替えられた)A[URL]
67子供 N
68廃墟 N
70ガソリンスタンド弁天町15-2 C[URL]
71太刀川家住宅店舗弁天町15-15 A[URL]
72日和坂大町20 北海道第一歩の地碑A[URL]
73エビス商会前末広町17 A[URL]
74祐鮨前宝来町22-13 A[URL]
75東春前松風町2-12 A[URL]
75月夜 N
76五島軒末広町4-5 大町の間A[URL]
76旧丸井さん末広町4-19 (現在は函館市地域交流まちづくりセンター)A[URL]
79北斗ビル前電柱末広町17 十字街方向C[URL]
80外人墓地先入舟町21 B[URL]
96 N
97 N
111教会 N
113来来軒末広町16-3 店内A[URL]
116松源宝来町21 (2005年に閉店)A[URL]
120土蔵 N
121レンガ塀 N
123ベンチ N
124護国神社前青柳町9 入口階段の左側ヨハネ教会方向A[URL]
125博物館横青柳町17-1 入口左側函館山方向A[URL]
126函館教会元町31-19 A[URL]
127旧ロシア領事館船見町17-3 A[URL]
128入舟漁港石積入舟町14-14 N
129入舟漁港 N
130コンクリート建造物 N
131コンクリート建造物 N
132函館市文学館末広町22-5 A[URL]
133マンション屋上南部坂上付近? C
134おばあちゃん N
136函館湾入舟町18 A[URL]
137 N
140路地入舟町付近 N
141行き止まり N
144山背泊2 N
145エントツ N
148 N
149外人墓地船見町24 函館山方向A[URL]
152 N
152旧渡邉家住宅元町15-28 (大正10年建造)A[URL]
153八重桜 N
156 N
157旧函館麦酒会社醸造所谷地頭町24 正確な場所は不明(函館の建築探訪P104の写真と一致)B[URL]
160 N
161女の子 N
164ポスト入舟町23-7 三浦商店前高龍寺方向A[URL]
166住吉漁港入口青柳町38 漁港方面A[URL]
168旧函館博物館ニ号館青柳町17-4 N
170立待岬住吉町 南西方向A[URL]
172ラメゾンドカンパーニュ時任町28-8 A[URL]
173十字街末広町10-2 道銀前江口眼科方向A[URL]
176岸壁末広町24-6 西波止場前B[URL]
178少年刑務所金堀町6-11 B[URL]
179木造建築物 N
180十字街末広町10-2 道銀前坂本龍馬記念館方向(ホームファニチャーマカベは坂本龍馬記念館になりました)A[URL]
181旧丸井さん末広町10-2 道銀前函館市地域交流まちづくりセンター方向A[URL]
182住吉漁港無線所青柳町40 C[URL]
183住吉グランド青柳町35 A[URL]

この情報は、函館コンシェルジェの推定に基づくものであり、正確性は保証しません。
ページ数は、集英社文庫第1刷(1996)に基づいています。
確度A:場所特定、B:ほぼ特定、C:不確実、D:憶測、N:特定できず

 

終わらざる夏

浅田次郎

集英社

2010/7刊

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数年前浅田次郎氏の講演会が函館で開催されたとき、「私は今、敗戦直後の占守(シムシュ)島(北千島でもっともソ連領カムチャッカ半島に近い島)での日ソの戦争について書いています。実はそこに函館高女の卒業生数百人が徴用されていまして。ソ連の攻撃直前にその400人が決死の脱出をはかりました」という話があった。

 

大河ドラマの影響で全国的に坂本龍馬への関心が高まる中、

昨年11月に函館市末広町にオープンした「北海道坂本龍馬記念館」の来館者数が

予想を上回るペースで伸びている。4月上旬には早くも延べ入場者数1万人を突破しており、

本格的な観光シーズンを迎えてさらなる増加が見込まれる。 

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そこで、同館を運営するNPO法人北海道坂本龍馬記念館実行委員会の理事長であり

館長として活躍する三輪貞治さんに記念館建設のいきさつと今後にかける思いを聞いた。

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