2010年8月アーカイブ

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幕末おろしや留学生
宮永孝
筑摩書房(ちくまライブラリー)
1991年

慶応元年(1865年)箱館の港を出帆したロシア船の船上には6年間の日本駐在を終えて帰任する元箱館駐在ロシア領事ゴシケビッチとともに若い日本人留学生6人の姿があった。
幕末、開国後の外国交際を始めて間もない徳川幕府がオランダ(1862年)に続いて送り出した海外派遣留学生だ。この一行の中には箱館奉行所から1人が加わっていた。しかもリーダー格。




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チェンバリストの森洋子さんは福岡市出身。アメリカのチェンバロコンクールで優勝、国立音楽大学で講師をするなど、東京、山梨で活動していたプロ中のプロであるが、落ち着いた音楽環境を求めて2006年に拠点を函館に移して、全国で活躍中である。函館に移住する前にも10回近く来函して演奏を行っていたので、既に移住前からおなじみではあったが、移住後はやはり函館での演奏活動の回数も多くなり、森さんの演奏を通じてチェンバロの魅力にとりつかれた函館市民も多い。

8月29日公民館マチネでJ. S. バッハのゴールドベルク変奏曲全曲が演奏される。チェンバリスト森洋子さんの「人生を変えた一曲」というゴールドベルク変奏曲の魅力を、森さんに聞いた。

ゴールドベルク変奏曲(ゴル変)は、ピアニストのグレングールドが死の直前1981年に録音した盤が一躍有名になり、今やバッハの作品の中で一番有名と言っても良い曲である。バッハが音楽を手ほどきしたヨハン・ゴットリープ・ゴルドベルクが不眠症に悩むカイザーリンク伯爵のためにこの曲を演奏したという逸話から「ゴルドベルク変奏曲」の俗称で知られている。映画では《羊たちの沈黙》《地球が静止する日》《時をかける少女》などでも使われており、一度は聞いたことがあるのではないだろうか。

この曲は元々2段チェンバロのために作曲されている。アリアとよばれるテーマ部に引き続き30の変奏が行われ、最後に再度アリアが演奏される。譜面には各変奏曲に繰り返しが指定されているが、実際には繰り返し無しで演奏されることが多い。繰り返しなしでも全曲を演奏するのに50分という大曲で、また非常に難易度が高い。
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森さんがチェンバロに興味を持ったのは意外にも大学院在学中で、実際に自己流で弾き始めたのが修了後なのだそう。大学院まではピアノ科でピアノを学んでいたが、大学院修了試験でゴル変を選んでピアノで演奏したのを機にチェンバロに興味を持ったそうだ。大学院修了試験は約50分の演奏時間の中で自分で選曲して演奏するもので、通常はショパンやリストなどの曲を織り交ぜて演奏するところ、あえてゴル変1曲で試験に挑み、ちょうどその頃に発売されたグールドの1981年盤なども聞いてその魅力にはまっていった。試験に向けて探求していくうちに、ピアノでは表現しきれない2段鍵盤チェンバロの立体的な音楽構成やチェンバロ特有のアーティキュレーションに興味を持ったのだそうだ。その後、チェンバロに転科。桐朋学園大学研究科古楽器科修了し、以後、チェンバロ演奏を専門とするようになったとのこと。ゴル変は、森さんにとって、まさに、人生を変えた1曲だった。

このゴル変、30もの変奏曲を含むが、これが精緻に構成されている。まず、30曲は大きく1~15曲目と16~30曲目に分けられる。さらにそれは細かく(1,2,3), (4,5,6), ..., (28,29,30)と3曲ずつにグルーピングされる。それぞれのグループの1曲目はキャラクターピース。舞曲などの楽しい曲が置かれる。特に後半の第1曲目になる16曲目はフランス風序曲が配され、後半の始まりにふさわしい。グループの2曲目はテクニカルな曲が配され、高度な技術を要する。同年代の作曲家スカルラッティーの影響があるのではないかと言われている。グループの3曲目はカノンで構成される。カノンとは同じメロディーが時には音程をずらして追いかけていく対位法を用いた作曲技法である。第1グループの3曲目は最初のメロディーと追いかけるメロディーが同音(1度)のカノン、第2グループ(通しで6曲目)は2度のカノン、第3グループは3度のカノン、と続き、第9グループには9度のカノンが配される。最終第10グループの3曲目すなわち通しで30曲目は例外で、当時のはやり歌「長いこと御無沙汰だ」が変奏に織り込まれている。この曲の直後に、一番最初に演奏されたアリアが、長い変奏の末に再来することを「長いこと御無沙汰だ」に掛けたという訳だ。このような立体的な構成は、巻物を繰っていく日本の文化とは異なり、ドイツ人特有の立体的、俯瞰的視座のあらわれであると森さんは言う。さらには、当時の哲学者達が論議していた宇宙論や全てを網羅しようとする百科全書派の哲学にもつながる。

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さて、このゴル変。有名なわりにはめったに音楽会で聞く機会は無い。東京でさえ、年に何回もあるものではないと言う。それが函館では、森さんの演奏で何回も聞く機会がある。2008年には芸術ホールでのスプリングコンサートで、また今年1月23日・24日には元町画廊で演奏している。いずれのコンサートも大変好評であったが、今回は歴史的建造物ならではの雰囲気の中でじっくりと聞くことが出来るだろう。

どのように聞いたらいいのかとお聞きしたら「寝るなりなんなり(笑)」とのことだったが、すかさず「ライブならではの醍醐味を楽しんで欲しい」と付言した。CDなら途中で止めたり、何度も聞いたりということができるが、ライブではそれはできない。演奏者も聴衆も一本勝負。聞き逃したらプレイバックできない。ゴル変の「立体構造」を頭に入れ、縦糸、横糸を確認しながら聞いていくと、30曲を聴き終わったときにバッハ設計の壮大な森ビルが目の前に現れるかもしれない。期待したい。  

日時/8月29日(日) 14:00~
場所/函館市公民館
入場料/1000円
演奏曲目/J. S. バッハ作曲 ゴールドベルク変奏曲
出演/森洋子
詳細/こちら (チケット予約フォームも)
            

最後の箱館奉行の日記

田口英爾著

新潮社(新潮選書)

1995.4 (現在絶版)

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箱館奉行所の最後の奉行、杉浦兵庫頭誠は、幕府の目付け時代から毎日の勤務や身辺のことをほとんど欠かさず日記に残していた。日記自体は「杉浦梅潭目付日記・箱館奉行日記」として刊行されている(梅潭は雅号)が、その内容を要約し解説したのが本書。

 

「来年の夏になったらね、庭に植えた苺を食べに来てくださいね。小さい庭だけどちゃんと育てるからね」

おばあちゃんは私にそう言った。私も楽しみにしていますと、来年の約束をした。だが、その約束は果たせなかった。その時以来、おばあちゃんと会う機会がなくなったからだ。

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弥生坂の道路が細くなった坂道。このあたりから勾配が急激にきつくなる。この歩くのがきつい坂道におばあちゃんは住んでいた。

本書については、既に一昨年kitra氏による紹介があるが、今回の「箱館奉行所」復元オープンを機会に再度とりあげる。

 

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五稜郭-幕末対外政策の北の拠点

田原義信

同成社

2008年5月

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