2011年3月アーカイブ

三陸海岸大津波

吉村昭

文春文庫

2004/3

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今回の東北関東大震災に伴う大津波。死者・行方不明2万名を超えるとされる大災害だが、その規模を過去の災害と比較する際によく登場するのが、明治39年の明治三陸大津波と昭和8年の昭和三陸大津波である。前者は死者26,000名、後者は3,000名。吉村昭はこの2度の津波の都度、壊滅状態となった下閉伊郡田老村のことを中心に、この小説(ほとんどノンフィクション)を書き上げた。吉村の解説以外は、全編の大半が津波の記憶をもつ古老からの聞き書きや、当時の罹災者の記録(特に小中生の作文など)に占められているが、それらばまたとてつもなく恐ろしくそして哀しい。

田老村の村民の一人の証言。

沖合いからの異様な音をいぶかしんで海を見ると、海水がすさまじい勢いで干き、700メートルほども海底が露出した。その直後、40メートルほどの高さの黒い波濤が海岸に突進してきて、もやわれていた船や海岸に密集する家屋にのしかかった。

その田老村は、戦後高さ10メートル長さ1,300メートルという大堤防を築き、万全の備えを図った。しかしその大堤防も今回の大津波には勝てず、高波に乗り越えられるとともに決壊。田老村は明治以来3度目の壊滅。著者はすでに鬼籍にあるが、こうした「未曾有の」事態が生じうるという予感があったのか。今回の惨事についての証言が出てくる前に、私たちはまず、この過去の記録を読み返してみるべきか。あまりにも似通った惨劇が繰り返されたことに慄然とする。

なお、この明治39年津波の際、函館も若松・大森・住吉で浸水。海岸から最大80メートル地点まで冠水したと言う。


日露国境交渉史~北方領土返還への道

木村汎

角川選書

2005・10

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日露国境攻守は1854年のロシア使節プチャーチン来日に始まる。その後、樺太だけについても、(1)日露雑居-日露通交条約 (2)ロシア全島領有-樺太千島交換条約 (3)南半分を日本が領有-日露戦争後のポーツマス条約 (4)ソ連による占拠-サンフランシスコ平和条約で日本が領有権放棄

という複雑な経緯をもつ。とはいえ、今日の北方領土返還問題は南千島の4島に絞られ、樺太はほとんど閑却されている。

本書では、日露の国境問題の歴史的経緯を概観した後、ソ連時代からソ連崩壊後を含めて、日本の対ロシア外交を解説している。エリツイン・橋本会談で2島返還の一歩手前までいった瞬間など、歴史の中で幾度となく「決定的」なタイミングがあり、かつそれを日本外交がみすみす逃してきたことも率直に記述される。鳩山、そして前原(外相)の最近の迷走劇まで含めた、増補改訂版がほしくなる。

 

 

海の史劇

吉村昭

新潮文庫

1995.3(41刷)

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幕末の樺太の日露国境問題を調べ始めてぶちあたったのがこの本。かつて司馬遼太郎の「坂の上の雲」で感激して読んだ記憶がいまも鮮明だが、日露戦争の中でも白眉の「日本海海戦」は史実としても小説としても非常にエキサイティングな素材。

司馬の場合は彼独特の史観が随所に出てくる(それはそれでなかなか達意の文章なのだが)のが時としてやや鬱陶しい。それに比べると吉村版「日本海海戦」はほとんど事実の経過を淡々と述べているようで、実はその構成と細部の(仔細な調査に裏打ちされた)事実の叙述の積み重ねとのバランスが絶妙。

この本と同じ著者による、日露の講和交渉を描いた「ポーツマスの旗」とを併せて読むことで、明治日本の政治・軍事面の指導者層の高い精神性と品格がよくわかる。

先日のNHKスペシャルで放映された「第二次大戦開戦前の日本の指導層の決断先送り」の場面と比べるべくもない。もちろん昨今の迷走外交とは天と地。

函館は北海から長途遠征してきたロシアの第二太平洋艦隊が拠点港であるウラジオストクに向かう際の通過点の選択肢として、対馬付近、宗谷海峡とならんで挙げられるくらいの登場に過ぎない。しかし、幕末から対ロシア外交の拠点であり続けた函館の歴史を深く理解する上で、日本海海戦とその後のポーツマス講和、そして条約による「南樺太の獲得」という史実はしっかりと理解しておきたいもの。そういう意味では何も難解な歴史書と奮闘せずとも、この2書が十分な知識を提供してくれる。初版から41刷を数えるという長寿の本である理由ももっともだ。

 

末尾の感想。対馬とポーツマスに旅したくなった。

函館市桔梗の「SWEET AMULET」は、動物や花束など様々な形状のクッキーを

粉糖と卵白で作ったアイシングで飾り付けたデコレーションクッキーを扱う店。

 

オリジナルの形状やデコレーションを注文することも可能で、

祝い事や誕生日のプレゼントなどに人気だ。

店主として製造から販売まですべてをひとりで切り盛りする平田敬子(きょうこ)さんに

菓子づくりと店にかける思いを聞いた。

 

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閃け!棋士に挑むコンピュータ

田中徹&難波美帆

梧桐書院

2011年2月

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「閃け!棋士に挑むコンピュータ」(田中徹&難波美帆共著)読了
これがなぜ「ハコダテ本」かというと、立派な理由があるのです。
まず、著者のひとり、北海道新聞の田中記者。あとがきにも書いているが数年前まで函館支社勤務で筆者もお付き合いがありました。そして、この女流棋士トップに勝利したコンピュータ「あから」を支えた情報処理学会のプロジェクトチームのプロジェクトを主導したのが公立はこだて未来大の中島学長と松原教授。
最近は歴史物と小説ばかりの筆者にとって、久方ぶりの科学系の本だったが、一気に読めた。特に、女流棋士トップの清水市代対将棋対局用コンピュータ「あから」の対決の実況場面の記述に満ちている緊迫感は将棋に門外漢の筆者にもよく伝わった。一定のルールの中で行われるチェスや将棋でコンピュータでトップレベルのプロとの対局を実現するというのは人工知能の専門研究者にとっては夢の舞台。
それにしても、こういう将棋とコンピュータという、専門分野での関係者へのインタビューをこなした著者ふたりの勉強量も凄いし、一般向けにここまで丁寧に書き起こす「文才」にも感嘆。「科学の未来に希望」を感じさせる好著。若い人たちにたくさん読んでほしい。
コンピュータはあらゆる指し手の先を読み、あるいは過去の将棋対局のデータ(棋譜)を探索し、膨大な演算の結果指し手を決めるという。人工知能の専門家多数と4つの強力な将棋ソフトに東大の169台のコンピュータを協働させるという大掛かりな仕掛に惜敗とはいえ真っ向から亙りあった清水棋士に「人間の英知」の底知れぬ実力を見た。そして、対局を通じてコンピュータの底知れぬ未来へのシンパシーを育んでいったという清水さんの言葉にも大いに感銘。
 
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