旧路線図から市電の歴史に思いを馳せる

m01jandm20100904.JPGのサムネール画像電車通りから見た駒場車庫。

色とりどりの電車が並んでいるのに目を奪われますが、正面にあるパネルには、函館市電の歴史を語る貴重な写真と路線図があるのにお気づきですか。駒場車庫で見せていただいた2つの路線図、じっくり眺めてみることにしましょう。

m02jandm20100904.JPGのサムネール画像正面にある「函館馬車鉄道記念碑」。

電気で走る「路面電車」が運行を開始したのは大正2年のこと。それ以前の函館の街には、馬が車両を引く「馬車鉄道」が走っていました。開業は明治30年のこと。当時の貴重な写真をここで見ることができます。

 

函館市交通局の廣瀬弘司さん(管理運輸部・運輸課)のお話では、馬車や人力車に比べて輸送力や乗り心地の点で優れていたものの、馬の飼育の大変さや、いわゆる「馬ふん風(乾いた馬ふんが舞い上がる強い春風のこと)」の語源にもなった問題で、電車の登場とともに表舞台から消えていったそうです。

 

  m03jandm20100904.JPGのサムネール画像

函館馬車鉄道の営業路線図。

明治30年の開業当時は、弁天から蓬莱町を経て東川町まで。亀田方面、湯の川方面は翌年の開通でした。

 

ちょうど、函館の市街地が函館山麓から若松長・海岸町(現在の函館駅・中央埠頭方面)を経て、亀田、五稜郭へと拡張していく流れを表しているのが興味深いところ。基坂、大門前、競馬場前など、当時の駅名を現在の観光地などと照らし合わせてみても面白いですね。

 

 

m04jandm20100904.JPGのサムネール画像駒場車庫の資料棚にあった「電車運転系統図」。

今はなき「五稜郭駅前線=五稜郭駅前~ガス会社前(亀田)。昭和53年廃止」、「ガス会社回り線=五稜郭公園前~ガス会社前(亀田)~函館駅前。平成5年廃止」、「東雲線=松風町~宝来町。平成4年廃止」が運行していた頃のもの。

それぞれの運行開始時期と、鮫川(湯の川温泉)~湯の川が一時撤去されていた時期とを考え合わせると、昭和3034年の路線図と推測できます。

今は2番(湯の川~谷地頭)と5番(湯の川~函館どっく前)の2系統のみの運行ですが、この当時は臨時増発便などを合わせると12系統もあったことがわかります。

 

 

駒場車庫には、このほか廃止された路線の行き先表示板なども掲示されています。「1番、3番、4番の電車に乗ったことがある」という方は、懐かしいアイテムと再会しに訪れてみるのもいいですね。

 

問い合わせ:函館市交通局 電話0138-32-1730(代表)







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