車庫跡を訪ねて

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現在の車庫は駒場車庫だけですが、市内には4つの車庫跡地が存在する。
・馬車鉄道時代の車庫
函館の路面電車のルーツである亀函馬車鉄道時代の車庫の場所を知る人は少ないだろう。何せ廃止から90年近く経っており、幾度かの大火や区画整理、宅地化等々の影響により、残念ながら馬車鉄道の施設があった痕跡は一つも残されていない。

10-IMGP5619.jpg昔の電車通りから海岸へと延びる一本の道がある。ここにかつては車庫へ向かう軌道が延びていた。

10-IMGP2994.jpg 10-IMGP2993.jpg

古地図によると、右手が厩舎や車庫、道路を挟んだ左手に亀函馬車鉄道の本社社屋が建っていたと推定されるが、痕跡らしい痕跡は残されていない。

但し、地中にはもしかしたら遺構が眠っているかも・・・。

・新川車庫
函館の路面電車が走り出した1913年(大正2年)に産声を上げ、1926年(大正15年)1月20日の車庫火災を乗り越え復興したものの、1934年(昭和9年)3月21日の函館大火で焼失し、ついに復活することなくその歴史に幕を閉じた悲運な車庫と言えるだろう。

10-IMGP4433.jpg新川町電停の近くから車庫へと延びていた引き込み線跡。

10-IMGP456700.jpg現在は函館水電の後身である北海道電力函館支店の建物があるが、ここが新川車庫跡である。
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(函館鉄道写真館蔵:貫測 凾館詳圖より抜粋)

大火から10年後の地図を見ると新川車庫の跡地に「帝国電力函館営業所」があることが記載されている。大火後は車庫機能を新設した駒場車庫と柏木車庫へ分散移転したため、跡地は電力会社の営業所へと生まれ変わったということだろう。


・柏木車庫

10-ks.jpg(函館鉄道写真館蔵:貫測 凾館詳圖より抜粋)
柏木車庫(地図表記では帝電車庫)は函館大火後の1936年(昭和11年)2月15日に開所し、往時は函館市交通局が居を構えていたが、1974年(昭和49年)4月19日に経営合理化のため閉所した車庫である。

10-IMGP2863.jpg柏木車庫の跡地は長らくホテル(ホテルアカシア→ホテルロイヤル柏木)として活用されたが、現在は函館まるかつ水産柏木店及びホリデイスポーツクラブ敷地となっている。
10-IMGP5606.jpg今でも敷地の広さが車庫の跡地である痕跡ともいえるが、意外なことに車庫閉所から36年経った現在でも入出庫線が敷設されていた時代の名残で停留所の長さが微妙に異なる。

・梁川車庫
10-IMGP2858.jpg梁川車庫は1966年(昭和41年)5月25日に開所したものの、車両削減や経営合理化のため1973年(昭和48年)10月1日に閉鎖された。
土地は民間へ売却され「ウロコボウル」というボーリング場が建ったものの、1980年から2003年までは函館西武、現在はパボッツ函館として生まれ変わった。しかし、車庫の痕跡は何一つ残されていない。







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