姿を変え生き残った湯の川終点の待合室の話

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函館に馬車鉄道が敷設された理由の一つには当時の市街地と湯の川温泉を結ぶ交通手段としての側面があった。それはともかく、湯の川電停に駅舎と呼ぶにふさわしい待合室があったことは知られていない。
まずは古写真をご覧いただこう。

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(函館市中央図書館蔵)

待合室の脇に電車(恐らく50型)が停まっており、奥には湯倉神社の木々が見える。

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(函館市中央図書館蔵)

駅の前に車が停められている。恐らく、送迎の車だろう。

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(函館市中央図書館蔵)

待合室のほぼ全景を捉えた一枚。

 

そんな湯川電停の待合室も、1945年(昭和20年)7月9の日鮫川(後の湯の川温泉)~湯川間の廃止に伴いお役御免となったが、何と2010年現在も残っているのだ。書籍等でも触れられた形跡がないので、残っている事実をお伝えするのはこの記事が恐らく最初ということになる。

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場所はなんと湯の川電停の真向かい。 

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増築こそ施されているものの、現在は鮮魚店と八百屋さんが店を構えている。増築こそ受けているものの、この建物が湯川電停の待合室の現在の姿である。

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昔々の「ちはるや」の建物の付近に軌道が敷かれていたようで、その後ろに待合室の建物が隠れている。 

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建物の裏手には鮮魚店の車庫が増築されているが、建物の構造自体は恐らく待合室時代のままと思われる。

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この角度は数年前なら「十字屋フードセンター」の建物があり見ることが出来なかったが、古写真と対比すると増築部分こそあるものの屋根の形が殆ど変わっていないと見受けられる。

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手の込んだ軒の装飾。

待合室が建てられたのは恐らく大正年間であるが、70年以上前に建てられた待合室が用途が変わり街の風景が変わっても、湯の川電停の向かいから函館市電を見守り続けている。

出来ることならもう少し精度の高い調査をすべきなのでしょうが、現在調べた段階の調査報告ということでご勘弁を・・・。







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