定灯篭と美泉定山

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いすずさんのリポートで、昔大成で伺った話を思い出し、便乗して同じく大成の話題を追加。

約25年前の話で恐縮ですが、せたな観光協会で定灯篭の場所と破片を発見したと紹介されている「地元高等学校教諭」本人と思われる方から聞いた話です。

江戸時代、大成に美泉定山という僧侶が本州よりやって来た。その僧侶はこの土地に着いてから、仏の道を説くだけではなく、自ら動き回り街の整備に取り掛かった。当時この辺の海は荒れると座礁する船舶が絶えず、せっかくの海の幸の運搬にも支障をきたしていたのである。そこで、定山は今回いすずさんが命をかけて行った太田山神社附近の帆越岬に灯篭を設置したのだ。その灯篭は安芸の国の政四良という行者が奉納したとされていますが、その教諭は定山が企画したと推測していました。

灯篭は今の灯台と同一の役目を果たし、そのお陰で航海は容易になり、近くの港には船舶の寄港が相次ぎ街が潤ったとのことです。

ところが、豊かになると人の常として放漫になり、秩序が乱れて来るわけで、その人々の堕落振りに愛想をつかして定山はある日突然この街を出てしまったのでありました。その後、定山は北に向かい、ある場所で動物が湯に浸かっているのを発見。自分も入ってみると「う~ん、これはいい湯だ」ということで、湯治場にした所が彼の名をとり、「定山渓」となったとのことです。

もし、定山が大成を後にしていなければ、定山渓は違う名前になっていたかもしれません。本当に歴史とは面白いものです。ちなみに、何せ25年も前に聞いた話ですので細かな箇所は私の誇張・創作が混じってしまっているかもしれませんが、大筋では間違いないと思います、たぶん。

突然思い出し書き綴ってしまったため、またも写真はありません。失礼しました。







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コメント(2)

なるほど。
私が命をかけた太田山神社の周りには、伝説がいっぱいあるのですね!
せたな、面白い!!!

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