江差の街歩き観光と幕末由来のスポット

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函館から車で1時間30分。江戸時代末期までは本州との交易と鰊で栄え、松前と並んで北海道でもっとも栄えた港町だったが、ある時から長い停滞期に入る。

江差を中心とする檜山支庁も、道内の支庁再編の動きの中で渡島支庁への吸収合併方針が示された。紆余曲折の末、この4月から振興局と名前を変えた。江差自体の人口も1万人を割り込んでいる。

町の衰退を象徴するのがJR江差線、いまや日に6本程度しか通っていない。函館への足はとっくにマイカーにその座を奪われている。

終着駅という言葉以上のもの悲しさが駅舎を包む。

 

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その江差の名物は江差追分(全国大会)と姥神神社の例大祭だ。それぞれ年1回各3日開催されるのだが、その日(だけ)は江差の街中に人波があふれるという。そしてそれ以外の日は、すっかりさびしい街に戻るという。

そんな中で常設の観光スポットのひとつが下の写真、開陽丸だ。鷗島(砂州で陸地とつながっている)の手前の埠頭に永久繋留(というよりも実は船ではなくあくまでも「陸上施設」の扱い)された幕末の徳川海軍の主力艦だ。

近寄ってみると意外な小ささに驚くが、ともあれ、幕末に日本初めての本格的様式軍艦として幾多の海戦を戦い、この江差で座礁沈没した、この艦を復元した「博物館」だ。本物はこの近海に沈んだまま。

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開陽丸を右に更に進むと、鷗島の案内板。周囲約2キロ、30分程度の手軽な遊歩道がある。車両は立ち入れないので、存分に自然の風を満喫できる。

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周囲の一部は下の写真のように人工の橋が架けられている。

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とって返して、市街に向かう。狭い市街から一段高い場所にある旧郡役所、ここが明治初期の檜山一体の行政を管轄した。明治維新から数年しか経っていない時代というのに、洋風建築でこれだけの建物を遺した当時の大工達の技術力には感嘆する。内部は当時の写真やジオラマなどを展示する博物館になっている。前庭には、この地の文人たちと頼三樹三郎(頼山陽の子息、安政の大獄で獄死)とが、江差の名勝8箇所を謳った「江差八勝」の碑が建つ。

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郡役所から市街に降りると、町が誇る、復興された歴史的町並み「いにしえ街道」が続く。

下の写真は途中にあるホテル。改装されて明治期の洋風の美しい佇まいを見せる。

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一般の民家も、お洒落な外観を見せている。 

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鰊漁の盛んだった往時には下のような建物がびっしりと並び立っていた。

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下は3階建の病院だが、歩行者の目線に近い一階部分だけは「伝統様式」に改変している。

近くに「鰊そば」で有名な横山家も。

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ある旅人が夜遅く(10時ころ)街歩きをしてきて、「途中で誰にも会わなかった、まるで街をわがものにしているような爽快な気分」と語ったという。函館に来て「時間がゆっくり流れるような気がする」旅人は江差にやってくると「時間が停まって」しまったという気分を味わうともいう。

年に1回くらいは、こうした「寂しさを満喫」できる旅にでかけるのも風雅というものかもしれない。

 

函館から車で1時間半、JR江差線で2時間。

 







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コメント(1)

江差に限らず、道南の町村はそういった寂しさと厳しさを抱えた町が少なくはないんだと思います。
それでも、年に数回でもこの町を誇りに思う人達が集まる祭りをもつ江差は幸せだろうとも思います。

江差の鴎島の夕焼けは素晴らしいですよ。
そのために函館から何度もクルマを走らせるくらいに。
日常に疲れたら、ぜひお試しあれ☆

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